女性が普段着で着物を着ても自然だったのはいつ頃まで?昭和の和装から洋装への変化を年代別に解説

着物、和服

昔の日本の写真や映画を見ると、街中で買い物をする女性、家事をする女性、電車に乗る女性などがごく普通に着物を着ています。一方、現在では着物は成人式や結婚式、茶道、観光など特別な機会に着る服という印象が強くなりました。

では、女性が特別な行事ではなく日常の私服として着物を着ていても珍しくなかったのは、いつ頃までなのでしょうか。明確に西暦何年を境に突然変わったわけではありませんが、服飾史の資料を総合すると、大きな転換点は1950年代半ば、つまり昭和30年ごろにあります。

目安としては、1950年代までは女性が普段着として着物を着ていてもごく自然で、1960年代前半でも特に年配女性を中心に珍しくありませんでした。一方、1960年代後半から1970年代になると、若い女性を中心に洋服が完全に日常着の中心となり、着物は次第に「特別な日に着る服」へ変化していきました。

大きな転換点は1955年前後だった

昭和期の女性服を扱った展示資料では、昭和30年、つまり1955年ごろを境に、都市部で女性の和装と洋装の着用率が逆転したと紹介されています。これは「1955年から急に着物がおかしくなった」という意味ではなく、この時期に初めて洋服を着る女性のほうが多数派になったということです。[参照:昭和館企画展「時代をまとう女性たち」]

したがって1950年代前半の街並みでは、着物姿と洋服姿の女性が同じ場所に混在している光景が普通でした。母親は着物、娘はワンピースという家庭も珍しくなかった時代です。

1950年前後には洋服そのものが急速に普及していたものの、洋服地や洋裁技術が十分ではなく、和服地を洋服へ転用する工夫まで行われていました。国立国会図書館に収録された研究でも、1950年代が日本女性の洋装化における重要な時期だったことが確認できます。[参照:国立国会図書館]

1950年代なら私服の着物はまったく珍しくない

1950年代の日本を舞台にした作品で、女性が近所への買い物や訪問、家事などを着物姿で行っていても、時代考証として特に不自然ではありません。

例えば1953年の東京で、30~50代の女性が着物姿で商店街を歩いている場面は十分自然です。同じ場所にスカートやワンピース姿の若い女性がいても自然で、まさに和装と洋装が並存していた時代といえます。

当時の日常着には高価な礼装だけでなく、木綿、ウール、銘仙など比較的実用的な着物もありました。銘仙は明治・大正から昭和初期にかけて広く普段着として利用され、昭和30年ごろから洋装化が進むにつれて日常生活から減っていったと紹介されています。[参照:須坂クラシック美術館「銘仙展」]

1960年代前半でも着物姿の女性は普通に存在した

洋服が多数派になった1955年以降も、着物を日常着にする女性がすぐ消えたわけではありません。特に、それまで何十年も着物で生活してきた世代にとっては、わざわざ洋服へ完全に切り替える必要がありませんでした。

そのため1960年代前半、例えば1962年ごろの街で40代、50代、60代の女性が普段着の着物を着ていても、強い違和感はなかったと考えられます。

一方、10代後半から20代の若い女性になるほど洋服の比率が高くなっていました。映画、テレビ、ファッション雑誌、百貨店などの影響もあり、若者にとって洋服はすでに「西洋風の珍しい服」ではなく日常着になっていきます。

年齢によって「自然だった時期」はかなり違う

「女性」と一括りにすると実態が分かりにくくなります。服装の洋装化には大きな世代差がありました。

例えば1965年の東京を想定すると、18歳の女性が毎日のように着物で通学や買い物をしていれば多少昔風に見え始めていた可能性があります。一方、60歳の女性が着物で商店へ出掛けていても特別珍しい光景ではありません。

つまり「着物を着ていたら周囲から浮くようになった年」は、若年層ほど早く、高齢層ほど遅かったと考える必要があります。

都市部と地方でも変化の速度が違った

洋装化は全国一斉に同じ速度で進んだわけではありません。東京、大阪など都市部では洋服の普及が比較的早く、農村部や地方では和服がより長く日常生活に残りました。

昭和30年ごろに和装と洋装の着用率が逆転したという資料も、特に都市部について説明しています。地方では1960年代になっても、着物やもんぺなど従来型の服装で生活する女性を見る機会が都市部より多かったと考えられます。

したがって創作などで年代設定を考える場合、「1960年の銀座」と「1960年の地方農村」では、着物姿の女性の割合を同じにしないほうが現実的です。

大正・昭和初期は着物が女性の日常着の主流だった

さらに時代を戻すと、大正から昭和初期には一般女性の服装は依然として着物が中心でした。

洋装の女性も存在しましたが、当初は職業、学校、社会階層などによって着用機会が限られていました。東京家政大学博物館の展示解説でも、大正時代以降に実用的な洋服が紹介されるようになっても、多くの女性が慣れ親しんだ着物を選び続けていたとされています。[参照:東京家政大学博物館「和装モダン」]

したがって1920年代や1930年代の街中なら、女性の私服として着物が登場することに何の不自然さもありません。むしろ地域や年齢によっては洋服の女性のほうが新しいファッションとして目立っていました。

戦前にも洋服は存在したが「女性全体の標準服」ではなかった

日本に洋装が入ってきたのは戦後ではありません。明治時代から上流階級、学校、職業女性などを中心に洋服は少しずつ普及していました。

大正時代にはモダンガールと呼ばれる洋装女性も登場し、昭和初期にはワンピースやスカート姿も都市部で見られるようになります。大阪くらしの今昔館も、明治から昭和にかけて女性の服装が着物から洋服へ変化していった過程を紹介しています。[参照:大阪くらしの今昔館]

ただし、この時期はまだ「女性なら普通は洋服」という社会ではなく、着物が圧倒的に身近な存在でした。

戦後に洋装化が急速に進んだ理由

第二次世界大戦後になると、日本女性の服装は短期間で大きく変化します。占領期に欧米文化が大量に入り、映画や雑誌を通して洋服への憧れが広がりました。

さらに洋裁学校が人気を集め、家庭で洋服を作る女性も急増します。1950年前後の洋装普及について扱った研究では、戦後の物資不足の中でも和服地を使って洋服を作る「直線裁ち」などが普及したことが紹介されています。[参照:国立国会図書館]

こうして1950年代に洋服が急速に普及し、昭和30年ごろには都市女性の標準的な日常着が洋服へ移っていきました。

1960年代には既製服の普及も大きく影響した

戦後初期の洋服は、自宅で洋裁をして作るものも多くありました。しかし高度経済成長期になると既製服産業が発展し、完成した洋服を購入するスタイルが一般化していきます。

洋服は活動しやすく、着付けに時間も掛からないため、通勤、通学、家事など日常生活との相性がよい服装でした。

テレビの普及によって芸能人や若者文化のファッションが全国へ伝わったこともあり、1960年代には洋服中心の生活が急速に定着していきます。

1964年の東京オリンピック前後は一つの目安になる

年代感を簡単につかむなら、1964年の東京オリンピック前後を一つの目安にする方法があります。

このころの都市部では、若い女性がワンピース、ブラウス、スカートなどの洋服を着ることは完全に日常的になっていました。若い女性の街着として着物が多数派だった時代はすでに過ぎています。

ただし中高年女性の着物姿まで珍しかったわけではありません。1960年代は「着物が消えた時代」というより、世代によって服装がはっきり分かれ始めた時代と考えるほうが適切です。

1970年代になると「普通の私服としての着物」はかなり減る

1970年代に入るころには、若者だけでなく中年層にも洋装が広く定着し、街の日常風景に占める着物姿の割合は大幅に低下していきます。

この時代になると、着物は成人式、結婚式、正月、茶道、踊り、観劇など、特定の機会と結び付けて着る衣服としての性格が強くなります。

もちろん日常的に着物を着る女性は存在しましたが、「誰も特別に意識しない標準的な普段着」という位置付けからは離れていったと考えられます。

年代ごとの感覚を表にすると分かりやすい

年代 女性の普段着としての着物 街での印象
1920~1930年代 主流 極めて普通
1940年代 依然一般的 普通
1950年代前半 和装・洋装が混在 まったく珍しくない
1955年前後 都市部で洋装が多数派へ まだ普通
1960年代前半 若者は洋装中心、中高年に和装が残る 特に中高年なら自然
1960年代後半 洋装が圧倒的に一般化 着物は徐々に目立つ
1970年代以降 日常着としては少数派 特別な装いとして認識されやすい

ただしこれは全国平均的なイメージであり、地方、世代、職業によって数年から十数年程度の差があり得ます。

「違和感がない」の意味によって答えは変わる

ここで注意したいのが、「違和感がない」をどの程度の意味で使うかです。

「街に着物姿の女性がいても誰も珍しいと思わない」という意味なら、1960年代前半くらいまでは十分当てはまります。一方、「女性の普段着として着物が洋服と同じくらい一般的」という意味なら、都市部では1955年前後までが大きな目安になります。

さらに「着物姿の人が存在していても不自然ではない」という程度なら、1970年代以降でももちろん該当します。現在でも日常的に着物を着る人はいるため、ある年から完全に違和感のある服になったわけではありません。

創作の時代考証なら人物の年齢も設定すると自然になる

小説、漫画、映画などで昭和の女性を描く場合は、年代だけではなく人物の年齢によって服装を変えるとリアリティが出ます。

例えば1960年の東京なら、20歳の会社員女性はブラウスとスカート、50歳の母親は着物という組み合わせでも自然です。反対に母娘とも洋服でも不自然ではありません。

1970年になると、20~30代女性が日常的に着物で通勤している設定には何らかの理由を持たせたほうが自然ですが、高齢女性が近所で着物を着ている程度なら十分あり得ます。

「普段着の着物」と「お出かけ着の着物」は分けて考える

着物が日常着から減っても、外出着や礼装としての和服文化まで消えたわけではありません。

訪問着、留袖、振袖などは結婚式や成人式などで引き続き着用されましたし、正月には比較的近年まで家族で着物を着る習慣が一般的でした。

そのため「1970年代に着物姿があった」という写真だけを見て、日常着としてまだ一般的だったと判断しないことも重要です。写真が正月や婚礼などの特別な日である可能性があります。

まとめ:1950年代までは日常着として自然、1960年代が移行期

女性が私服として着物を着ていても違和感がなかった時期を一つの年代で示すなら、1950年代、特に1955年ごろまでは都市部でも非常に一般的だったと考えるのが分かりやすいでしょう。

昭和館の展示資料によれば、都市部では昭和30年、つまり1955年ごろを境として女性の和装と洋装の着用率が逆転しました。[参照:昭和館]

ただし1955年を過ぎた瞬間に着物が珍しくなったわけではありません。1960年代前半でも、とくに中高年女性の日常着として着物は十分自然でした。若い女性ほど早く洋装へ移り、年配女性や地方ではより長く和装が残ったという世代差・地域差があります。

その後、1960年代後半から1970年代にかけて洋服が世代を問わず日常着として定着し、着物は徐々に礼装、行事、おしゃれ着など特別な用途へ移っていきました。

したがって、おおまかに整理するなら「1950年代なら普通、1960年代は移行期、1970年代には普段着としては少数派」という理解が、当時の日本女性の服装の変化をつかむうえで最も実態に近いでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました